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和歌で楽しむ紅葉狩り

桜の季節と並んで日本人が大好きな「紅葉の季節」がやってきました。

今回は昔の人々の紅葉の楽しみ方を少しのぞいた後に、紅葉を詠んだ和歌をご紹介しながらこの美しい季節をみなさんとともに味わっていきたいと思います。

 

○「紅葉狩り」の始まり

「紅葉狩り」とは、もともとは7世紀ごろ、宮廷や貴族たちの間で行われた優雅な遊びで、紅葉を見物しながら宴を開き、紅葉を題材に和歌を詠んだといわれています。

江戸時代になると、生活を楽しむゆとりがでてきた庶民の娯楽として広まり、紅葉を見ながら酒盛りをしていたそうです。

赤く色づく葉は葉に残った糖分から赤い色素がつくられるためで、

黄色に色づく葉は葉緑素が分解されて黄色の色素が残るためです。

木の葉の冬支度が私たちの目を楽しませてくれているのですね。

こうした見事な紅葉をまとめて「もみじ」と呼ぶのは、カエデの色が特に素晴らしく、カエデの別名である「もみじ」の名が使われるようになったからだと言われています。

紅葉の色づき具合は昼と夜の寒暖差が影響します。寒暖差が大きいと辛いですが、その分美しい景色が見られるということです。

 

○紅葉を詠んだ和歌

あまり和歌を知らない人でも一度は聞いたことがあるような有名な紅葉を詠んだ歌がたくさんあります。

百人一首に含まれる歌を中心にそれぞれの歌が描く秋の景色をていねいに見てゆきたいと思います。

 

白露の色はひとつをいかにして 秋のこのはをちぢにそむらむ

としゆきの朝臣(藤原敏行)

「衣を染めるには赤い色のものは赤い染料、黄色のものは黄色の染料を使うのに、白露はひとつの色であるにもかかわらず秋の木々の葉を様々な色に染めるのだなあ」という歌。

寒暖差と色づく紅葉の秘密はこの魔法の染料である露だったのだなあと、この歌をよんで納得してしまいました。

 

 

このたびは幣(ぬさ)も取りあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに

菅原道真

「この度の旅は急なことで捧げ物の幣(麻や木綿、布などを細かく切ったもの)の用意もございません。神よ、この手向山の紅葉の錦を幣として御心のままにお納めください」という歌。

菅原道真が宇多(うだ)上皇の御幸(ごこう)に同行したときに詠んだもので、道中の山道で道祖神に祈りを捧げたのでしょう。

用意してきた幣よりも捧げ物としてふさわしいと思えるほどの紅葉の鮮やかな美しさが目に浮かぶようです。

 

 

嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 龍田の川の錦なりけり

能因法師

「嵐が吹き散らす三室山のもみじ葉は、こうして川面に散り敷かれているところを見ると、龍田川を錦に染めあげるものだったのだなあ」という歌。

紅葉の名所として有名な「三室山」と「龍田川」を結びつけ、山から川へと紅葉が舞い散っていくダイナミックな構図で、紅葉の一生に視点が注がれているところが面白い歌です。

 

 

ちはやぶる神代(かみよ)も聞かず龍田川 からくれなゐに水くくるとは

在原業平朝臣

「不思議なことが多かったという神々の時代にも聞いたことがないよ、龍田川が散り敷いた紅葉で水を美しい紅色にくくり染めにするとは」という歌。

競技かるたを描いたマンガのタイトルに使われたことで最も有名な歌であるかもしれません。

屏風に描かれた龍田川を見て詠んだといわれており、川面を覆う紅葉をくくり染めという手法で染めた織物地に見立てている発想がユニークであり優雅です。

また撰者である定家の解釈によれば、「水くくる」をくくり染めとせず、紅葉の下を水がくぐる―「あまりに紅葉が美しいので、水がその間を割くことを惜しみ、下を静かに流れている」としています。こちらの解釈も歌の雰囲気に合っていて惹かれます。

 

 

吹く風の色のちくさに見えつるは 秋の木の葉のちればなりけり

よみ人しらず

「色のないはずの吹く風が色とりどりに見えたのは、紅葉が散ったからであるよ」という歌。

遠くから風の誘う紅葉を見ていて、次にそこに行って見たら、秋の木の葉が散っているからだというように、時間的な経過も、遠景と近景という空間の移動も詠みこまれた歌です。

散歩しながら目の前の一枚一枚色づいた葉を眺めるのも、遠くの山々がカラフルに染まっていくのを眺めるのも、紅葉の楽しみ方です。

 

 

山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり

春道列樹(はるみちのつらき)

「山の小川の中に風が吹いてかけた柵はよく見ればなかなか流れられずに溜まっているもみじであったよ」という歌。

「しがらみ(柵)」は川の流れをせき止めるための柵で杭を打ってその間に竹などを渡してあるもののことです。流れの中にあるしがらみには、いつしか物がまとわりついてくるので、転じて今では「自分にまとわりついていて身動きを妨げるようなもの」のたとえで使われるようになりました。

川の流れの中でたまった色とりどりの葉が集まっている様子は、長い旅を終えた互いをねぎらっているようでもあり、なにかレースのゴール地点のようなにぎやかさがあります。

 

(参考文献:新谷尚紀監修『12カ月のしきたり』/ 佐田公子著『古今集の桜と紅葉』/ 佐佐木幸綱監修『百人一首のひみつ100』)

 

聞き馴染んだ歌も深く味わうと目の前に風景が鮮やかに浮かび上がってきて、その風景を詠んだ作者の感覚や想いまでも伝わってくるようです。

みなさんも昔の人々に負けないくらい紅葉狩りを味わい、楽しんでいただけたらと思います。

 

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