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“体育の日”と東京オリンピック

10月の第2月曜日は「体育の日」。全国でスポーツのイベントが行われたりしますが、もともと何の日だったかご存知ですか?

1999年までは10月10日が体育の日だったのですが、これは1964年の東京オリンピックの開会式開催日を記念して制定されたものだそうです。

56年の月日を経て、来年再び東京オリンピックが開催されるわけですが、

今回は1964年に開催された東京オリンピックをクローズアップしたいと思います。

○「東京1964」はどんな大会だったのでしょうか?

第18回オリンピックは1964年10月10日から24日までの15日間、東京で行われました。

アジア初の大会であり、また国内外に初めてテレビ中継された大会でもありました。

当時の日本は、高度経済成長の時代であり、生活が豊かで便利になる一方、物価の上昇や公害、過疎過密などの問題があらわれてきた時代でした。

 

2020年大会の開催地プレゼンテーションの「お・も・て・な・し」という言葉が流行語大賞にもなりましたが、1964年大会のプレゼンテーションも拍手の嵐に包まれたといいます。

NHKの解説者・平澤和重さんが持ち時間45分のところを原稿を書き直して15分に短縮し、わかりやすくまとめたプレゼンを行ったそうです。そして、

『人間同士のつながりには直接会うことが一番です。

それこそが平和のいしずえではないでしょうか。

西欧で開いた花を東洋でも咲かせていただきたいです』

と結んだということです。

 

○3つのキーワードで見る1964東京大会

①「東洋の魔女」

当時の日本女子バレーボールチームのニックネームで、アメリカのテレビ放送がさかんに使い、世界に広まりました。

バレーボールはオリンピックにおける最初の女子団体競技で、東京大会から正式競技になりました。

柔道の受け身のように肩から落ち、前に回転しながら床面近くでボールを受け、くるりと立ち上がる新技「回転レシーブ」が守りを攻撃につなぎ、打たれても打たれてもボールをひろう強固な守備で、日本女子チームは見事金メダルを勝ち取りました。

ちなみに現在の日本代表チームのニックネームは「火の鳥NIPPON]-心に情熱の炎をもやしスピーディーなバレーボールで王座を奪還してほしい、という願いが込められているそうです。(ロゴやキャラクターは手塚治虫プロダクションが手がけています)

男子バレーボールチームは「龍神NIPPON」、新体操チームは「フェアリージャパン」、アーティスティック・スイミング(旧シンクロ)は「マーメイドジャパン」など、ニックネームを知っていると応援がもっと楽しくなるかもしれません。

 

②「10秒の壁」

男子陸上の100メートル走で「10秒の壁が破られるかどうか」注目された大会でした。アメリカのボブ・ヘイズ選手が10秒0の世界タイ記録・オリンピック新記録で金メダルをとりました。(壁が破られたのは次のメキシコ・シティ大会でした)

東京2020大会では、日本人選手がオリンピックの舞台で「10秒の壁」を破れるかどうかが注目されます。陸上種目でも日本人選手が世界の選手と戦えるようになってきたことは、この50年の時代の変化を大きく反映しているのかもしれません。

 

 

 

③「世界のJUDO」

柔道も1964東京大会から正式種目になったのですが、その道のりは大変だったようです。オリンピック種目となるには国際的な競技となることが必要だったからです。

1956年に東京で第一回世界選手権大会を開催したことで、柔道は急速に世界に広まり、強い外国人選手が増えてきました。日本の柔道家の指導のもと、1964東京大会で無差別級金メダリストとなったオランダのヘーシンク選手は、柔道を日本だけのものでなく世界のJUDOに発展させてくれたといえるでしょう。

 

 

 

 

○パラリンピック東京大会

オリンピック終了後の11月8日からはパラリンピック東京大会が行われました。

初めて「パラリンピック」という造語が使われたのも東京大会です。

11月13日からは第二部の国内大会として、それまでの車いす選手だけでなく、視覚や聴覚の障がい者にも開かれた大会が行われたことは特筆するべきことです。

 

○1964年のオリンピックレガシー

「オリンピックレガシー」とは、2020年大会の開催が決定してからよく耳にする言葉ですが、「オリンピック開催都市や開催国で引き継がれるもの(インフラや文化)」という意味です。

1964年東京大会のためにつくられ、今でも私たちが利用している施設やインフラはたくさんあります。

 

・国立屋内総合競技場(代々木競技場)

らせん状の形から「代々木のかたつむり」とよばれました。

右側の第一体育館では水泳競技、

左側の第二体育館ではバスケットボールの試合が行われました。

吊り屋根方式の建物の中には柱がなく、どこからでも競技を見ることができます。

 

・日本武道館

法隆寺の夢殿をモチーフに設計され、皇居の堀の内側にたてられました。

1966年にビートルズが来日公演を行って以来、コンサート会場としても使われています。

2020大会でも柔道競技で使われる予定です。

 

 

 

 

・駒沢オリンピック公園

五角形の屋根をした駒沢体育館ではレスリング、

右側の四角形の屋根の建物ではバレーボール、

左上の楕円形グラウンドではサッカー、ホッケーが行われました。

その手前の管制塔(オリンピック記念塔)は、テレビや電話・交通管制などを集中管理する機能をもたせました。

・交通網の整備

新幹線や首都高速、地下鉄、東京モノレールも大会直前の9月中旬から10月初旬に開通しました。

 

   

 

(参考文献:石出法太・石出みどり著『これならわかるオリンピックの歴史』
      日本オリンピックアカデミー監修『1964年はじめての東京オリンピック』)

 

1964年の東京オリンピックが当時の人々をどれだけ元気にしたか、どれだけ多くの変化をもたらしたか感じていただけたと思います。

2020年大会に向けて、各地でユニバーサルデザインの街づくり(バリアフリー、多言語対応、テレワーク、食文化を考慮したメニューなど)が進められています。

私たちの生活をより豊かにするオリンピック・レガシーをもたらしてくれる大会になるとよいですね。

(2020年から「体育の日」は「スポーツの日」に改められ、2020年のみオリンピック開会式当日の7月24日が「スポーツの日」になるということです)

 

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